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フィラリア陽性犬の治療

フィラリア陽性犬の治療/長谷川動物病院

 

先日、今年最初のフィラリア陽性犬が来院されました。まだまだいるんですね、フィラリア。

 

今回はフィラリア陽性犬の治療についてのお話ですが、その前にフィラリア症について、おさらいです。

 

フィラリア症は、一部の蚊(アカイエカやヒトスジシマカ)によって媒介される伝染病で、感染すると、犬、猫、フェレットなどの肉食動物にフィラリア症を引き起こします。(ごく稀にヒトでの感染もあるようです)

 

 

フィラリア(犬糸状虫)の成虫は、白いそうめん状の寄生虫で、犬では肺動脈に寄生します。

 

ちなみに猫では、成虫まで成長できることは稀で、ミクロフィラリア(蚊に刺されて入ってきた子虫)に対する猫ちゃんの体の免疫反応によって、呼吸器障害や突然死が引き起こされる危険性があります。なので、猫ちゃんもフィラリア予防をしましょうね。

 

 

犬フィラリア症のわかりやすい初期症状は、です。

 

喉に何か、物が引っかかったような乾いた咳をして、最後の方で「ゲ~」ってなります。

 

ただし症状は、フィラリアの寄生数、犬の大きさ、感染後の経過年数、体質などによって異なり、臨床症状を示すのは寄生犬の30~40%と言われています。

 

犬フィラリア症は循環器疾患で、進行に伴い、疲れやすい、努力呼吸、貧血、右心不全(浮腫、腹水)、失神、肝臓の腫大、黄疸などの症状が現れます。

 

急性症状(ベナケバ症候群)は、フィラリア成虫が肺動脈から右心房や右心室に移動して引き起こされ、救命のために緊急な治療を必要とします。

 

突然の血色素尿(血管内溶血)、可視粘膜蒼白、虚脱・ショック、心雑音、頸静脈拍動などの症状が認められます。

 

 

 

フィラリアが産み落とすミクロフィラリア(第1期幼虫)は、血液と一緒に血管経由で全身の組織に分布しています。(蚊に吸い上げられるのを待っています)

 

ミクロフィラリアは、犬の血管内→蚊の体内→犬の体内と移動しないとフィラリア成虫になれません。

 

蚊に吸い上げられないと、ミクロフィラリアは寿命で死ぬことになります。

 

ミクロフィラリアの存在は、宿主の免疫反応を誘発するので、長期的に全身臓器の機能に悪影響を及ぼすリスクです。いないに越したことはありません。

 

 

ちなみにミクロフィラリアは、蚊の体内で第1期幼虫から第3期幼虫(感染幼虫)へと成長し、蚊の吸血時に犬の体内へと入り込みます。

 

蚊の吸血時に犬の体内に入ると、ミクロフィラリアは皮下組織や筋肉、脂肪組織にとどまって脱皮を繰り返して成長し、その後に血管内へと移動します。

 

血管内へ移動する前の、この時期のミクロフィラリアを駆除する目的で使用されるのが、フィラリア予防薬です。

 

けれど、フィラリア予防薬は血管の中にいるミクロフィラリアも、いれば同時に死なせてしまいますので、注意が必要なのです。

 

 

検査はワンちゃんから少量の血液を採取して、ミクロフィラリアは顕微鏡検査で調べ、抗原検査キットで成虫の確認を行います。

 

成虫の寄生数が少ない場合は、抗原検査で陽性とならない場合もありますので、そういう時は超音波検査を行う場合もあります。

  

先日のその子は、抗原検査が陽性でしたが、末梢血の顕微鏡検査ではミクロフィラリアが確認されない、オカルト感染でした。

 

このように末梢血の顕微鏡検査だけでは、フィラリア成虫の存在を見逃す危険性があります。

 

今は、フィラリア陽性犬の多くがオカルト感染ですからね。

 

なので、フィラリア検査は抗原検査も受けられることをお勧めします。

⚠️生後7ヶ月以内では、偽陰性となる可能性があり注意が必要です

 

 

 

フィラリア陽性犬の治療ターゲットは次の3つで、それぞれに対する治療が行われます。(⚠️予防薬で成虫の駆除はできません

 

フィラリア成虫 → ヒ素剤(メラルソミン:日本では入手不可)

ミクロフィラリア → フィラリア予防薬(イベルメクチン、モキシデクチン、ミルベマイシン)

ボルバキア → 抗生物質(ドキシサイクリン)

 

 

ボルバキアとは、リケッチアという細菌の仲間で、フィラリアや昆虫などの節足動物の体内に寄生(共生)しています。

 

フィラリア陽性犬の治療において、ボルバキア対策はとても重要で、毒性の強い抗線虫薬剤(ヒ素剤)の使用よりも、テトラサイクリン系の抗生物質の投与によるボルバキアの除去を中心に行われます。

 

ボルバキアは、特に昆虫では高頻度にその存在が認められていて、ミトコンドリアのように母から子に伝わり(遺伝し)、宿主の生殖システムを自身に都合よく変化させる、利己的遺伝因子の一つであるとみなされています。

 

フィラリアに寄生しているボルバキアも、フィラリアの生殖に関与しています。

 

フィラリアによる臨床症状の大部分は、ボルバキアに対する宿主の免疫応答が引き起こしているものです。

 

さらに、フィラリアからボルバキアを除去すると、ほとんどの場合フィラリアは死亡するか生殖不能となります。

 

なので、ボルバキア対策は治療の要となります。

 

ただし、テトラサイクリン系抗生物質だけでは、肺動脈に寄生しているフィラリア成虫を完全に駆除することは不可能です。

 

 

例えば、お腹の中の消化管内の寄生虫は、駆虫すれば便と一緒に排出されます。消化管には肛門という出口がありますからね。

 

けれど、血管という出口のない場所に住んでいるフィラリアを駆除した場合、死んだフィラリア虫体が血流で流されて、肺の血管を詰まらせてしまいます。

 

そのように抗線虫薬の投与によって、無治療の時よりも病態を悪化させてしまう危険性があり、成虫にはいっぺんにではなく少しずつ時間を置いて、死んでいってほしいのです。

 

なので、無症状でフィラリア成虫の寄生数が少ないならば、温存療法(slow-kill法)も選択可能です。

 

新たな感染を予防しながら、尚且つ予防薬の通年投与でジワジワと弱らせながら、フィラリア成虫の寿命を待つのです。

 

成虫の寿命は5~6年、ミクロフィラリアの寿命は2~3年で、成虫の95%以上が死滅するまでに2年以上の継続投与が必要になります。

 

 

陽性犬に予防薬を投与するときは、アナフィラキシーショックの予防目的で、ステロイド剤抗ヒスタミン剤を一緒に投与します。(特に初回)

 

ミクロフィラリア陽性の子に予防薬を投与する場合は、アナフィラキシーショック発現の危険性があります。

 

なので、毎年予防薬の投与前には必ず、フィラリアの血液検査を受けましょう。

 

 

 

 

⚫︎Combination slow-kill法

イベルメクチンまたはモキシデクチンと抗生物質を組み合わせた治療法で、時間はかかりますが一番現実的な治療であると思われます。

イベルメクチンまたはモキシデクチン投与(予防量を毎週または2週間に1回×6ヶ月間とありますが、1ヶ月に1回が一般的)と、抗生物質1日2回経口投与×4週間を行い、半年ごとに抗原検査を実施。抗原検査が陰性になるまで、継続的な予防薬の投与と抗生物質投与を続けます。

 

 

⚫︎外科治療

頸静脈からフレキシブル・アリゲーター鉗子を挿入し、フィラリア成虫を1匹ずつ摘出しますが、実施可能な病院は限られます。

 

 

⚫︎対症治療

シロアリ駆除後の家のように、フィラリアを駆除してもフィラリアによる身体の障害は残ります。

それらに対する治療を行います。

 

 

 

 

 

※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。