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新しい糖尿病治療薬

 

糖尿病は、色々な原因によって空腹時でも高血糖の状態が続き尿中に糖が排出される病気です。

 

血糖値を下げる働きをするインスリンがほとんど分泌されない1型と、インスリンは分泌されていても量が少ないか、またはインスリンが効きにくい2型に分類されます。

 

犬はほとんどが1型で、猫は2型が多いと言われていますが、2型でも長期間無治療の状態で経過すると、最終的にインスリンが分泌されなくなるようです。

 

 

糖尿病の問題点

①食事をしても体のエネルギー源となる糖(ブドウ糖=グルコース)を体に取り込めず、栄養状態が悪化して痩せてしまう

 

②高血糖が続くと、糖尿病性の網膜症腎症神経障害などの合併症や、糖尿病性ケトアシドーシス(危険な急性代謝障害)が引き起こされる可能性がある

 

 

 

現在、ワンちゃんやネコちゃんの糖尿病は、そのほとんどがインスリンの注射(インスリン補充療法)によって治療されています。

 

経口の血糖降下薬(インスリン分泌を促すお薬)はありますが、一般的に犬猫では推奨されておりません。

 

飼い主さまに、ご自宅で注射をしていただかなければならないのですが、中には『注射』に、強い拒否反応を示される方もいらっしゃいます。

 

まあ、大体は最初だけで、続けるうちに段々と飼い主さまも、動物も、お互いに慣れてくるものなのですけどね。

 

けれど、どうしても初めの『できない』という壁を、打ち破れない飼い主さまが存在することも事実です。

 

 

そんな飼い主さまには朗報です。2024年9月から、新しいネコちゃんの糖尿病治療薬(SGLT2阻害薬)が使用できるようになります。

 

このお薬(成分名ベラグリフロジン)は、1日1回、経口投与する液剤のお薬で、条件が合えば、インスリンの注射は必要なくなります。

 

このお薬は、血液中の(余分な)ブドウ糖を腎臓から尿中に排泄(捨てる)させることによって、血糖値を下げる働きをします。

 

また、このお薬を使用すると、普通なら尿に糖が出ない程度の血糖値であっても、糖が出るようになります。(常に尿糖陽性となる)

 

 

ここでおさらいです。

身体中の血管を流れる血液は、腎臓の糸球体でろ過されて、尿の元となる原尿が作られます。

 

この原尿中には、体に必要な電解質やアミノ酸、ブドウ糖なども含まれていて、それらの成分は尿細管で体側に取り戻されます(再吸収)。

 

ちなみに、

※1. この『再吸収』は2度目の吸収という意味で、1度目の吸収は消化管で行われます(私は誤解してました)

※2. 『ブドウ糖』は、日本では最初にブドウから発見されたので『ブドウ糖』になりましたが、ブドウ限定の糖分ではなく、果物や穀類に多く含まれています

 

 

この腎臓の尿細管でのブドウ糖の再吸収を、主に担っているのがこのお薬のターゲットである、SGLT2です。

 

SGLT(ナトリウム- グルコース共輸送体)は、体のエネルギー源としてのブドウ糖(グルコース)を体側(細胞内)に取り込む装置のようなものです。(細胞内外のNa+の濃度差を利用するのでインスリンは不要)

 

SGLTは1~6までサブタイプがあり、小腸、腎臓、肺、心臓、肝臓、膵臓、子宮、精巣、脳など、全身の臓器に存在しています。

 

 

このお薬は、尿糖の再吸収全体の内、約90%を担っているSGLT2の働きを抑制することによって、近位尿細管での再吸収を抑制し、原尿中のブドウ糖をそのまま尿として排泄させます。

 

腎性糖尿(血糖値正常・尿糖陽性)と同じ感じですね。

 

主に小腸と近位尿細管の末梢部に発現しているSGLT1や、他のサブタイプにはほぼ影響しないらしいです。(なので低血糖にはなりにくい?)

 

 

ただしこのお薬が使用できるのは、状態が安定している猫ちゃんに限られます。

 

食欲が普通にあって、脱水がなく、嘔吐や下痢がなく、腎機能障害がなく、尿にケトン体の出ていない状態、所謂『ハッピー糖尿病』の猫ちゃんです。

 

健康診断で、たまたま糖尿病が見つかるような、ラッキーなネコちゃんですね。

 

すでにインスリンで治療中の猫ちゃんも、条件をクリアすれば、変更可能です。

(ただし糖尿病性ケトアシドーシスのリスクが高くなる可能性が指摘されています)

 

希望される飼い主さまは、ご相談ください。

 

 

このお薬の登場で、飼い主さまが複雑で面倒な治療から解放され、治療のハードルが下がることが期待されます。

 

今まで必要だった血糖曲線の作成も必要なくなるようです。リブレの装着もいらなくなりますね。

 

なので、状態が安定している猫ちゃんは、最初の血液検査と定期的な血液検査、ご自宅での尿のモニタリング、体重測定、脱水の有無や一般状態の確認以外は、必要なくなりそうです。

 

その分、猫ちゃんの来院ストレスも軽減されそうですね。

 

 

ただしこのお薬は、インスリンと違ってブドウ糖を体内に取り込ませる作用はありませんので、投与する子はある程度、内因性(自前)のインスリン分泌機能が残っている必要があります。

 

逆に、自前のインスリンがほとんど分泌されていない子、人間の1型糖尿病に相当する子は、このお薬を投与すると低血糖になる危険性があるということです。

 

それだけでなく、不足するブドウ糖の代替として脂肪組織がエネルギー源として利用される途中で産生されるケトン体の影響で、身体が酸性に傾きケトアシドーシスを引き起こす危険性もあります。

 

 

治療開始前には必ず、血液検査で腎機能内因性インスリン分泌機能(インスリン注射治療中の子)を、尿検査でケトン体の有無を、確認します。

 

さらに、膵炎、口内炎、尿路感染症、腫瘍、甲状腺機能亢進症、副腎皮質機能亢進症、先端巨大症などの合併症のあるネコちゃんは、糖尿病性ケトアシドーシスの発生リスクが高くなる可能性がありますので、これらも確認が必要です。

 

 

ちなみに人間では、SGLT2阻害薬は体重減少効果があるので、人間では『痩せ薬』としても知られています。

 

これは、本来吸収されるはずのブドウ糖が尿中に捨てられるために、エネルギー源が不足することがあり、その代わりに脂肪組織などがブドウ糖の代替として使われ、体重減少が起きるということでしょう。

 

肥満の子には良さそうですが、痩せて脂肪組織の少ない子には、推奨されませんね。

 

このお薬は、低血糖や体重減少は起きる可能性があるようですが、臨床症状を伴わない程度と説明されていて、実際に人間の場合もそのようです。

 

 

副作用は、下痢軟便嘔吐多飲多尿体重減少流涎(よだれ)などが報告されています。

 

その他、注意点としては、糖尿病性ケトアシドーシスに注意ということで、尿検査でケトン体チェックは必須です。

 

尿糖が持続しますので、尿路感染症にも注意ですね。

 

多飲・多尿も持続しますので、脱水しないように、高齢動物などは特に水分補給を心がけてください。

 

 

メリット

⚫︎治療が簡単(1日1回、経口投与、注射が不要、毎回の投与量の調整が不要

⚫︎血糖曲線が不要(FreeStyleリブレの装着が不要)

⚫︎体重減少作用(体重過剰動物)

 

デメリット

⚫︎糖尿が持続する(尿路感染症を誘発しやすい)

⚫︎多飲多尿が持続する

⚫︎尿糖排泄時の浸透圧利尿作用による脱水が起きる可能性がある

⚫︎臨床症状を伴わない低血糖が起きる可能性がある

⚫︎血糖値が正常でも糖尿病性ケトアシドーシスを発症する可能性がある

⚫︎1瓶が5㎏の猫ちゃんの3ヶ月分相当なので、お支払いが高価

 

 

 

10日分くらいのお試しサイズとか、もう少し小さい容量にするとか、メーカーさんにお願いしたいところです。

 

 

不都合が生じて途中で投薬を中止することになっても、払い戻しができませんからね。

 

小分けするにも、液剤ですのでロスが出て難しそうです。

 

 

 

個人的には、このお薬は飼い主さまの負担軽減を1番に優先した治療法であると思います。実際とても楽そうです。

 

対して、動物のQOLを第一に優先するならば、今まで通り、糖尿病の治療は毎日2回の、インスリンの補充(注射)による治療です。面倒ですけどね。

 

 

 

治療対象であるかどうかも含めて、治療を希望される方は一度ご相談ください。

 

 

 

 

※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。