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犬の椎間板ヘルニア

椎間板ヘルニア/長谷川動物病院
横から見た脊椎と椎間板/アニコム損保HPより

 

今回は、犬の椎間板ヘルニアのお話です。

 

背骨、つまり脊椎は、椎骨という骨が連結してできています。

 

首から尻尾まで連なる脊椎の、脊柱管という、長いトンネルの中を通る神経が、脊髄とその先の馬尾神経です。

 

※神経根:脊髄から枝分かれする神経が身体の各部分に行く神経の根っこの部分

※馬尾:脊髄の末端の枝分かれした神経の束で、馬のしっぽに似ている

 

椎間板は、隣り合う椎骨の椎体という部分の間に存在するクッションのようなもので、背骨の動きを滑らかにしたり衝撃を吸収したりしています。

 

椎間板ヘルニア/長谷川動物病院
正面から見た椎骨と椎間板/アニコム損保HPより

椎間板は、中心にあるゼラチン状の髄核と、その周りの繊維質の線維輪から成り立っています。

 

髄核を取り囲んでいるタマネギのような線維輪の断裂が、組織が薄い上方に起き、そこから変性した髄核が脊髄側に飛び出して、脊髄神経を下から圧迫するのが椎間板ヘルニア(ハンセンⅠ型です。

 

ダックス、ビーグル、シーズー、パグ、ペキニーズ、コーギー、フレンチブルドッグ、コッカー、プードルなどの軟骨異栄養犬種と呼ばれている犬では、髄核の変性が1歳前から始まるために、若齢でも発症リスクが高いです。

 

 

髄核の逸脱によって発症するので、発生は急性で、突然の痛みと不全~完全麻痺を起こします。

 

そして飛び出した髄核が吸収されれば、自然治癒する病気です。

 

ただし同じ椎間板ヘルニアでも、慢性進行性に発症するハンセンⅡ型では、髄核ではなく線維輪が脊髄を圧迫し、線維輪は吸収されないので自然治癒することはありません。

 

 

胸腰部(90%)での発生が一番多いですが、頸部(10%)腰仙部でも起こります。

 

脊髄の圧迫が軽度ならば痛みだけ、重度であれば障害部位よりも尾側の運動障害感覚障害を引き起こしますので、症状から病変部の推測を行います。

 

 

犬で後肢の麻痺が起きたとき、真っ先に疑うのは、胸腰部の椎間板ヘルニア(ハンセンⅠ型)です。

 

圧倒的に他の疾患よりも発症数が多いです。軟骨異栄養犬種であれば尚更です。

 

けれど、症状の出方はほとんど一緒ですが、原因によって治療法が異なりますので、鑑別診断は重要です。

 

 

急性の麻痺が起きた時は、①椎間板ヘルニア(ハンセンⅠ型)、②椎骨骨折・脱臼、③脊髄梗塞(線維軟骨塞栓症)、④脊髄出血が、

 

慢性の場合は、①炎症(脊椎、脊髄)、②腫瘍(脊椎、脊髄)、③椎間板脊椎炎、④先天性異常(二分脊椎症、脊髄空洞症、変性性脊髄症など)、⑤椎間板ヘルニア(ハンセンⅡ型)などが原因として考えられます。

 

 

1)急性か慢性か、2)両側性か片側性か、3)痛みの有無とその場所、4)症状から推測される障害部位、5)障害程度(重症度)の評価によって原因を絞り込んでゆきますが、確定診断にはMRI検査が必要です。

 

 

MRI検査は、X線やCT検査では観察できない脊髄(神経)の内部や椎間板も、詳細に確認できます。もちろん脊椎(骨)の観察も可能です。

 

さらに予後不良の、進行性脊髄軟化症の存在を示唆する所見も得られます。

 

 

けれど、MRI検査ができる施設は限られていますし、予約が必要ですぐには調べられません。さらに検査のためには全身麻酔が必要で、検査料金も高額です💦

 

そのため私たちの病院では、初診時に問診、身体検査、神経学的検査によって障害部位の推測と、骨疾患(骨折、脱臼)の有無を確認する目的で、X線検査を行います。(動かせる場合。MRI検査を行うならばX線検査は不要です)

 

可能ならば、一般状態の確認と出血素因の有無を調べるための血液検査も行います。

 

 

骨疾患がなければ急性発症では、①椎間板ヘルニア(ハンセンⅠ型)、②脊髄梗塞、③脊髄出血が、可能性の高い原因疾患となります。

 

脊髄梗塞(線維軟骨塞栓症)は、ほぼ痛みを伴わず、片側の麻痺が特徴的ですが、これだけでは決め手になりません。

 

さらに可能性は極めて低いですが、脊髄炎や脊髄腫瘍、先天性異常も完全に否定できません。

 

 

症状の重症度がグレード4以下(深部痛覚あり)の症例では、基本的にはケージレストのみで3~5日ほど経過観察を行っていただきます。

 

これによって神経症状の改善が認められる時は、感染性の脊椎炎や脊髄炎、脊髄腫瘍、先天性異常が否定できます。症状改善が見られ完全に消失する場合は、画像検査や治療の必要はありません。

 

ちなみにこのような無治療の保存療法で、後肢が歩行可能な椎間板ヘルニアの9割、歩行不能な椎間板ヘルニアの5割は改善すると言われています。

 

 

そして、経過観察中に改善がないか症状が悪化する症例では、椎間板ヘルニアの手術が必要だったり、他の疾患を考慮する必要があるので、MRI検査の実施をお勧めします。

 

さらに初診時にグレード5の場合や、ケージレストが不可能な状況では、外科手術が推奨されます。

 

 

今まで椎間板ヘルニア(ハンセンⅠ型)を含めた急性脊髄障害に対しては、特に症状が重度の時は、発症初期にステロイド剤の高用量投与による治療が推奨されてきました。

 

けれど近年、ステロイド剤は痛みの緩和には効果があっても、投与なしの場合と比較して脊髄機能の回復には差が見られなかったという報告がなされました。

 

 

また脊髄梗塞と脊髄出血もステロイド治療は必須ではないので、急性の時に可能性の高いこれらの疾患はケージレストのみの無投薬治療で改善が期待できます。

 

 

発症初期にステロイド剤を投与すると、どのような疾患でも外見上の症状は改善され、病変を隠してしまうことがあります。

 

さらに感染性の椎間板脊椎炎、硬膜外膿瘍、髄膜脊髄炎などでは、ステロイド剤投与は好ましくありません。

 

MRI検査によって、早期にこれらの除外診断を行えればいいのですが、検査ができずにわからない時には考慮する必要があります。

 

 

ステロイド剤には副作用もありますし、使わないに越したことはありません。

 

けれど実際に目の前で痛がっている子を、無処置でお帰しできませんしね。せめて消炎鎮痛剤は投与してあげたいところです。

 

なので、ステロイド剤以外の鎮痛剤を短期間だけ私は使用しています。

 

低容量のステロイド剤を使用することもありますが、高用量投与は行わなくなりました。

 

あとはひたすら、ケージレストあるのみです。

 

 

 

以上、皆様の健康管理の参考にしていただけましたら幸いです。😊

 

 

※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。